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2009年3月 4日 (水)

ペットの仇討ちという嘘

 
 真理は隠れている。探し出すのはあなた自身だ。 小野しまと

       ☆       ☆       ☆

 元厚生次官ばかりを狙った殺人事件の犯人が、その動機として挙げたのは、34年も前に保健所で殺された愛犬の仇討ちということだった。

 実のところ、この答には呆れるほかは無いのである。嘘もここまで来ると本当に見えるのか、テレビ解説者の中には、本気でこの動機を分析し、それにしても恨みが厚生次官に向けられたのは、犯人が役所の管轄系統を知らないからで、犬の殺処分には関係のない厚生次官を敵視するのはとんだ思い違いだ、などと解説する人がいた。

 しかし、犯人のこの動機づけが真っ赤な嘘だということは最初から自明なことで、問題は、なぜこんな嘘を彼が臆面もなく言ったのかということであろう。

 保健所は、飼い主の依頼がなければ、犬を引き取ったり殺したりはしない。もし、犯人の家の誰かが彼の愛犬を保健所に差し出したとしたら、それがペット殺しの張本人だということになるであろう。

 それに、保健所にすぐに駆けつけたり連絡を取ったりして、飼い主本人の意思を伝えれば、保健所は犬を返してくれるはずだから、それをしなかった犯人自身の責任も問われるであろう。愛犬の死については、何よりも自らの怠慢が責められてよいのである。

 飼い主のいない野犬化した犬に対しては、野犬捕獲員と呼ばれる専門の係や業者がいて、時々首輪や鑑札のない犬を捕まえに町へもやって来る。飼い犬も野放し状態になっていると、この野犬狩りによって捕獲されてしまうこともあるが、その場合は、保健所や業者に申し出ることによって返してもらえる。

 結局、自分の犬が保健所に引き取られたり捕獲員に捕まって処分されたとしても、誰かを恨む筋合いではなく、悪いのは、それを役所に依頼した自分の近親者か、それを取り戻しに行こうとしなかった自分の怠慢かということになるであろう。

 保健所は、犬を処分する前にかなり長い期間を置くのが普通だから、取り戻そうと思えばいくらでも機会はあったはずである。

 保健所が関係しているとは思わなかった、それを知ったのはずっと後のことだという言い訳もできなくはないが、そうなると様々な可能性が考えられて、保健所の介在を断定することがかえって難しくなる。

 犬が勝手に家を離れたということも考えられるし、誰かが拾っていったとも考えられる。犬が飼い主のもとから逃げ出し、野犬化してしまったという例はよくあるし、誰かに連れて行かれたという話も時たま耳にする。

 とにかく、こういう状態で保健所に恨みを抱くというのは的はずれもいいところで、しかもその責任者を厚生次官と特定し、次官とその妻に殺意を抱くというのは、異常としか言えないであろう。

 小泉毅は、小学校六年の頃、拾ってきた野良犬を可愛がり、『チロ』と名付けて飼い犬にしていたが、父親がこの犬を保健所に持ち込み、殺処分を依頼してしまったという。

 恨むべきは父親のはずなのだが、小泉はその矛先を、保健所の元締めと思われる歴代の厚生次官に向け、34年もかけて殺しの計画を練ってきたという。

 彼は犯行の5日後、警視庁に出頭し、自分が殺人犯であると名乗り出たが、その数時間前から、殺しの動機づけに懸命になっていた。

 まず、山口県柳井市に住む父親に手紙を書き、「1974年4月5日(金)に、飼い犬の『チロ』が保健所に殺された。その仇を取った」ということを記し、投函した。

 それから、10年間音信不通でいた父親に電話をかけ、「手紙が届くから読んでくれ。あした着くはずだから」と言い、十数秒の短い通話を切っている。

 次ぎに彼がしたことは、TBSのホームページへの書き込みだった。

 「元厚生次官宅襲撃事件」という題で、最初の文章は、「今回の決起は年金テロではない!」という言葉で始まっていた。厚生次官を狙ったのは、彼らの年金行政に対する不満や恨みからではない。ただ「34年前、保健所に家族を殺された仇討ちである」と続ける。

 ここで「家族」と言っているのは、小学生のころ彼が飼っていた愛犬『チロ』にほかならない。彼がどんなにこの犬を愛し、家族同然に思っていたかを示す言葉であり、この犬が殺された恨みだけで厚生次官とその妻を狙ったとしても別に不自然ではないと思わせるような、実に巧妙なレトリックだと言える。

 このメッセージをTBSに送ったのは、彼が警視庁に出頭する2時間前である。そして、それに先立つ2時間前には、父親に手紙を送り、その確認のために、10年ぶりの電話をかけている。

 こうして、彼は、警視庁に出頭する前の4時間のあいだに慌ただしく殺害理由の形を整え、子供のころ保健所に愛犬を殺されたという事実の証人を用意した上で、事件の証拠品一式を軽自動車に乗せて警視庁へ向かった。

 なぜこんなことをしたのであろう? 彼は、「昔、保健所にペットを殺され腹が立った」ことが殺人の直接的な原因だとする供述を繰り返しており、この主張をいまだに取り下げようとはしない。

 出頭前に彼が行ったことは、この主張を貫くための準備工作であったのだろうか。とすれば、34年前の愛犬の死を原因とする、常識的に見れば荒唐無稽とも言える動機づけの裏側に、真の動機が隠されているのではないか、と疑ってみる必要があるのではないだろうか。

 事件後5日目に早々と警察に現れたということも、真の動機を隠そうとする戦略だと言えないわけではない。彼は、犯行から2日目の11月19日には、すでに警視庁へ出頭するためのレンタカーを予約している。だから、警察への出頭は、犯行当初から計画に組み込まれていたとも言えるのである。

 すでに発表した「この殺人はプロの仕業だ」というブログでは、この事件が、犯罪の手口や殺人のテクニックに習熟したプロの殺し屋による以外には考えられないということを述べた。プロならば、いかに犯罪の痕跡をくらますか、いつ自首や出頭をするか、証拠品はどうするか、どのような動機づけにするかなどということは、全て計算済みであろう。

 今回の事件は、埼玉と東京で起こったあの二つの殺傷行為ですでに目的を達していたのかも知れない。この仮定は、後で述べるように、かなり信憑性の高いものなのである。隠された真の動機にとっては、あれだけで充分であり、犯人に残された任務は、それを個人的な怨念による単独犯の行為と見せることにあったとも言える。

 しかし、その個人的な怨念がなぜ厚生次官にばかり向けられたのかという疑問は最初からあった。犯人の殺しのリストには、5人の元厚生次官および社会保険庁長官と、その妻たちが挙げられていた。このように厚生省の幹部経験者ばかりを目標にした理由を、犯人は次のように説明した。

 「10代の頃から厚生大臣を殺そうと思っていた。しかし、大学で勉強し、悪いのは政治家ではなく国を動かしている官僚だと分かったので、大人になったら仇を討とうと思っていた」

 これが、ペット殺しの最高責任者(?)である厚生大臣から厚生官僚を狙うことに目標を切り替えた理由だと言うのだが、「大学で勉強」したので「大人になったら」というつなぎ方がそもそも不自然だし、これもどうやら嘘くさいという感じは拭いきれない。

 彼は、佐賀大理工学部の電子工学科に入学したが、二年通学したあと留年し、六年後には退学している。その間にいったいどこで、「悪いのは官僚」だとか「実際に権力を握っているのは官僚」などという知識を得たのであろう。

 何かこの種の授業があるとしたら、一般教養科目ということになるであろうが、大学教育の初期の段階で、国家において官僚が悪の根源であることを教えるような、そんな過激な科目があるなどとは思えない。

 「愛犬を保健所に殺された恨み」を晴らすと言いながら、その対象が厚生官僚にのみ集中していることの矛盾を、「官僚の悪」という言葉で合理化しようとした試みにすぎないと言える。

 その段階で、彼の個人的な恨みが、官僚全体の悪という抽象的な恨みの対象にすり替えられてしまったのも奇妙な話である。

 殺意を抱くほどの強烈な恨みの感情、復讐の感情は、普通は個人的で具体的なものに向けられるはずだ。まずは、保健所へ犬を連れて行って、殺処分を頼んでしまった父。次は、それを引き受け、実際に薬物か何かを使って犬を殺してしまった役人たち。

 ところが、恨みはそんな身近なところには留まらず、一気にその最終的な責任者と彼が思い込んでしまった「厚生次官」の方へ飛んでしまったのである。

 その理由は、官僚たちが毎年50万匹もの犬を殺しているから許せない、ということだった。いつの間にか、自分の愛犬の敵討ちが、全国の犬たちに代わっての復讐劇ということなってしまった。

 TBSのホームページに書き込まれた文章の中にも、「やつらは今も毎年、毎年、何の罪も無い50万頭のペットを殺し続けている。無駄な殺生をすれば、それは自分に返ってくると思え!」などと記されている。

 こうなると、殺処分になった犬たちに代わって、歴代の「厚生次官」全員を殺さなければならないという論理になってくるであろう。今や、個人的な恨みの範囲を超えて、犯人自身の考える抽象的な「社会正義」の実現が問題だということになる。

 犯人の殺しのリストには、5人の元厚生次官や社会保険庁長官の名が記されており、最終的には歴代の厚生次官や幹部職全員が狙われていると思わせるようなふしがある。

 犯人が警視庁へ運んできた段ボール箱の一つには、元社会保険庁長官の名前と住所の書かれた配達伝票が貼られており、この長官が「第3の標的」になっていることを匂わせていた。犯人もこのことを認めており、「この元長官宅も下見した」と供述したそうだ。

 しかし、すでに述べたように、犯人の目的は二つの事件ですでに達成されており、殺害行為は完了したと言えなくもないのである。このことについては、次回のブログで詳しく述べることにしよう。

 元社会保険庁長官が狙われたということも、単なる愛犬の敵討ちということからはややズレた対象であり、むしろ犯人が否定している「年金テロ」を思わせる相手なのだが、このことについても後で触れることにしたい。

 結局、犯人が持っていたのは「がせ」リストであり、個人的な恨みが、個別的なものから全体的なものへと広がっていく、いわば「無差別的」な様相を見せるように仕組まれたものだったのかも知れない。厚生次官なら誰でもよいという殺しの衝動を見せるためにである。

 というのも、次のような疑問にぶつかるからである。数ある元厚生次官の中から、なぜ昭和63年から平成2年までの吉原健二氏と平成8年から11年までの山口剛彦氏が最初に選ばれたのであろう、と。

 犯人が単純に自分の愛犬の仇討ちだと言うのなら、その相手はどの厚生次官でもよかったはずだし、もう少し個人的に恨みの対象を絞るなら、その犬が殺された時期に厚生次官の職にあった人物が真っ先に狙われてもよかったからである。

 ところが、犯人は、山口氏とその妻を殺し、吉原氏の妻に瀕死の重傷を負わせたあと、5日後にはあっさり警視庁に出頭し、自ら犯人であると名乗り出ている。

 これはどういうことであろう。これで気が済んだというのであろうか。犯人自身は、「警備が厳しくなったので逃げ切れないと思った」「警視庁に出頭すれば事件を処理してくれると思った」などと供述しているそうだが、事件後犯人が置かれた状況をみれば、「逃げ切れない」と考えるのは早計であろう。

 殺人を誰かに急かされてでもいないかぎり、世間のほとぼりが冷めるのを待てば、再び愛犬の復讐劇を開始するのも不可能ではない。34年も待ち、じっくり計画を練った殺人者にしては、いかにも引き際があっさりしていると言えよう。

 犯人は、それどころか、「もう人生に未練がなくなった。恨みを晴らし、やり遂げた」「やることは全てやった」などと言ってるそうだから、子供の頃から執念深く心に抱いていた「愛犬の仇討ち」というにしては、意外にたわいない幕引きだったということになる。

 それでも、彼は知っているはずである。これだけの罪を犯せば充分死に値するということを。「もう人生に未練はない」という彼の言葉は、いずれ死刑を宣告されるであろうことを予想し、自分自身の死を覚悟した上での言葉なのであろうか。

 彼は、愛犬一匹の仇討ちをすれば、自分はもういつ死んでもかまわないと思ったのであろうか。愛犬のために死刑になるのは本望だ。そのためなら、厚生次官とその妻であろうが、たとえ大臣であろうが、誰でも殺してやろう、と。

 もしそうだとすれば、これは日本の仇討ち史上、類の無いバカげた事件だということになるであろう。もともとは野良犬一匹の仇を討つために、何人もの人を殺し、自分も死刑になるのを辞さないというのであるから。

 しかし、そんなことではあるまい。犯人がわざわざ警視庁へ赴いたのは、こんなことを言うためだったのだろうか。
 ─私は、34年前に保健所に殺された愛犬の恨みを晴らすために、元厚生次官とその妻を殺しました。また、もう一人の元厚生次官の妻に重傷を負わせました。私はこれですっかり満足しています。もう人生に未練はありません。私をどうぞ死刑にしてください。

 結論として、私は、犯人が行った殺人の動機づけは真っ赤な嘘であり、その背後には何か真の動機が隠されていると思う。

 だが、選りに選ってなぜこんな嘘をついたのであろう。その理由の一つは、おそらく、精神障害や錯乱状態を想像させ、法的な罪を逃れる方向へ持っていこうとしたのではないだろうか。

 早々と警視庁に出頭した理由もそこにあったのではないかと思われる。しかし、彼がその嘘を正当化し、根拠づけようとして付け加えたその他の嘘、「嘘の嘘」を見ると、正常な頭でなければとうてい考えられないような、筋の通った「嘘」を発見するのである。

 もう一つの理由は、この嘘が、真の動機を隠すのにうってつけだったからだと思う。このことについては、次回に述べることにしよう。

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