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2009年3月 4日 (水)

殺しの狙いは口封じだ

 
 真理は隠れている。探し出すのはあなた自身だ。 小野しまと

       ☆       ☆       ☆

 元厚生次官夫妻殺害事件で最も気になるのは、犯人の小泉毅が、動機は保健所に愛犬を殺されたことだと言いながら、全ての殺害計画に次官夫人も加えていることである。

 彼が保健所の最高責任者と考えている厚生次官を、愛犬の仇として狙うのはまだ話が分かるが、そこに、お役所の仕事とはなんの関係もない夫人まで含めるのは、なんとも納得が行かない。

 愛犬『チロ』を殺されたことは、34年前の小学六年生だった犯人にとっては、実につらい出来事であったろうし、そのトラウマはいまだに消えることなく、心中に深く残っているということなのであろうが、その恨みが「当事者」ばかりか、その妻にまで及ぶというのは、どう考えても異常である。

 しかし、現実には、元厚生次官の山口剛彦氏が妻とともに殺害されたし、やはり元厚生次官の吉原健二氏の方は、本人が不在だったので、妻が瀕死の重傷を負わされた。

 犯人が持っていた殺人予定のリストでも、5人の元厚生次官および社会保険庁長官のほかに、5人のその妻が殺害計画のうちに入れられていた。

 殺されたペットの仇討ちのために、なぜ行政上の責任者ばかりでなく、通常は家庭の主婦であり母である、罪のない女性まで狙わねばならないのかという問題は、おそらく警察の取り調べの過程でも重要視され、犯人に対して何度か尋問されたことであろう。

 犯人の小泉も、この問題でツジツマを合わせるためにはどう答えるべきかかなり迷ったに違いない。逮捕後11日経過した12月3日になって、彼はようやく次のような供述をした。

 「1年前に元防衛事務次官の守屋武昌被告の汚職事件をめぐる報道を見て、官僚の妻もヒエラルキーの上にいる人間だと思った」
 その結果、「官僚の妻も悪だと感じたので、元次官らと妻の計10人を殺害することに決めた」

 これは、かなり考えた上での回答であろうが、明らかに多くのこじつけを含んでおり、誰が見ても嘘としか言えない答である。

 守屋夫人は、夫の汚職事件に大きく関与し、収賄容疑の共犯として逮捕されたが、起訴猶予ということで不起訴処分になっていた。

 これだけで、官僚の妻を悪だと結論するのは、部分を全体と見る誤りであって、この論理を妻殺しの理由に結びつけるのは、とんでもない見当違いだと言わねばならない。

 つまり、夫とともに妻を殺す理由には全くなっていないのだ。こんなことを言うくらいなら、もっと単純に、自分は愛犬殺しの元締めだった行政官を憎むが、同時にその妻も憎いと、犯罪者の偏執狂的な感情だけで説明すれば、むしろその方が自然な動機づけに見えたであろう。

 しかし、そういう個人的な恨みの感情を、一般的・全体的に拡大していくことには無理があるのだ。前回のブログでも述べたように、犯人は、自分の個人的で具体的な感情にすり替えて、一般的で抽象的な感情で説明しようとする傾向を見せている。

 自分の犬を殺した下手人を憎むという段階から、何十万匹の犬を殺す「官僚の悪」と「その妻の悪」を懲らすために、彼ら全員を殺して仇を討つという段階へと、いつの間にか論理を飛躍させているのである。

 なぜ、そんな方向へ行ってしまったのであろう。彼が挙げた動機づけ、「34年前、保健所に愛犬を殺された仇討ちである」だけでは説明がつかなくなってしまったからである。

 なぜ、厚生次官ばかりを狙ったのであろう。とりわけ在任期間の近接している吉原氏と山口氏を狙ったのであろう。なぜ、殺人予定のリストには、本人ばかりか妻の死まで計画されているのであろう。

 こういうことを説明するのに、愛犬の仇討ちだけでは説得できない論理の崩れが出てきたのである。しかし、犯人はあくまで、愛犬を殺されたことに対する復讐という動機づけで全てを説明しようとしたので、自供の筋道が狂い始めたと言えよう。

 吉原氏と山口氏は、厚生次官としての任期が近接しているというだけではなく、基礎年金制度の導入による年金大改革が行われた昭和60年、年金局長と年金課長のコンビを組んで、中心的な働きをした。

 この二人の家が連続して襲撃されたことについて、犯人は、二つの家が自分の住所に近かったことを理由に挙げているが、吉原・山口両氏の上記のような共通点を見ると、犯人の言う動機とはまた別の動機があったのではないかと思わせるところがある。

 犯人がTBSのホームページに送った犯行声明をもう一度見てみよう。
 「元厚生次官宅襲撃事件」
 「今回の決起は年金テロではない!」
 「34年前、保健所に家族(=愛犬チロ)を殺された仇討ちである」という文章が続いている。

 吉原氏と山口氏の経歴を見て、この文章を見ると、なぜ殊更に「年金テロ」であることを否定しているのかという思いに駆られる。なぜ、わざわざ「年金テロではない!」と言明することにこだわったのであろう。隠された別の動機というのは、むしろ「年金テロ」のことではないのかという疑念が湧いてくる。

 警視庁に出頭する前のアリバイ作りとして、犯人が必死に隠そうとしているのが実はこの動機であって、隠そう、隠そうとするあまり、かえって目立つところへ置いてしまうという逆効果を生んでしまったのではないだろうか。

 吉原氏と山口氏を殺害する計画にあたって、そこに必要条件として妻の死が加えられたということも、この別の動機と何か関係があるのかも知れない。

 吉原氏の方は、幸い家にいなくて難を逃れたが、夫人の方は、宅配業者を装って玄関に入ってきた犯人に段ボールの箱を押しつけられ、その瞬間には、刃物で胸を刺されていた。

 これは、容赦なく次官夫妻の生命を奪おうとする犯人の殺意の現れである。この場合、犯人にとっては殺害対象に順位はなく、夫も妻も同等の殺すべき存在である。ここには、相手に対する恨みの度合いなどという感情的なものは入ってこない。

 何か恨みがあって相手を殺す者は、通常そのことを相手に告げるはずである。「犬殺しめ!」とか何とか叫べば、それだけでも恨みの何分かは晴れるであろう。しかし、重傷を負った吉原夫人の報告では、犯人は終始無言であった。

 これは、山口氏とその夫人が刺殺された時も、現場の状況を見るかぎり同じような展開だったものと思われる。犯人は、山口氏とその夫人を、無言のまま何度も突き刺し、いずれも猶予なくこの世から消してしまわねばならない存在だとばかりに、短時間で殺害している。

 被害者二人は、自分たちが何のために殺されるのかも知らず、おそらく、何をされているのかも分からないままに死んでいったのであろう。

 犯人は、ここで、いったい相手の何を消そうとしたのであろう。生命であることは勿論だが、それと共に、相手の地位、身分、言葉、思考といった属性を消すことにも狙いがあったと言えよう。

 その属性のうちでも、夫婦ともにほとんど同等に備えているものは言葉である。言葉を消すこと、つまり「口封じ」が、夫と妻を同じ殺しのリストに載せた根本理由なのではないだろうか。

 犯人は、この二軒の家の玄関で刃物を振るったあと、血の付いた凶器を手にしたまま家の中を歩き回り、他に人間がいないか見て回った。いずれの家でも同じ行動を取った形跡があるそうだが、これは、家族であれ、誰であれ、すべてを消し去ろうとする、「口封じ」の殺しを目的とした犯行によく見られる特徴だと言える。

 しかし、いったい何の「口封じ」を狙ったのであろう。吉原氏と山口氏が局長・課長というコンビで、基礎年金制度の成立に携わったということを考えれば、この件について二人が共通に知っている何か秘密な事柄ということになるであろう。

 この秘密が外部に漏れることを怖れた犯人が、吉原氏と山口氏の「口封じ」をするために、連続して両氏を襲ったとは考えられないだろうか。

 この場合、両氏を消すだけでは不充分である。妻は夫の職業上の秘密を意外によく知っているものである。職場での裏事情を夫が妻に洩らしてしまうことは想像以上に多い。秘密保持ということを絶対条件とするならば、あるいはそれだからこそ、殺しのプログラムに妻も加えられたということが言える。

 山口夫妻の殺害と、吉原夫人への殺害未遂が連続して起こった後、犯人の小泉が早々と警視庁への出頭を用意していたらしいことは、前回のブログでも述べた。

 これは、今回の殺人事件が事実上これで終了したからではないだろうか。犯人も「やることは全てやった」「やり遂げた」などと言っており、自分が計画していた犯行の終わりを告げている。

 しかし、この場合、彼が唯一の動機だとしている「愛犬の仇討ち」と、その異常なまでの執念を考えれば、殺しはまだ完了していないと言うべきであろう。

 殺しが終わったと言えるのは、この事件が短期で終わるものとして設定され、かつ殺しの目的が「口封じ」の場合に限られる。

 犯人は、この犯行が短期で終わるものだということを、色々な面で示唆しており、意外に計画性のある犯行だということは随所に現れている。例えば、周囲が暗くなるような最適な襲撃時間を得るために、11月を選んだと言っているのが、その一つの例であろう。

 さらに、殺しの目的が「口封じ」の場合、二つの殺傷事件によって、強い「恐怖心」を人々に与えることができれば、他に秘密を知っている人がいたとしても、「口封じ」の効果が得られることは確実だからである。

 誰であれ、自分の知っている秘密を洩らして、自分ばかりか妻の身まで、時には子供たちや家族の身まで、死の危険に晒したいとは思わないであろう。安全に生きるためには、ただ沈黙を守っていれば良いのである。

 だが、ここまでくると、犯人の小泉毅が収監された後も、人々の「恐怖心」を維持できるような第三者の意志を想定しなければならなくなる。小泉は、この「意志」によって操られたプロの殺し屋にすぎないのであろうか。

       ☆       ☆       ☆

 このブログは、この段階で推論を停止することにする。あとは、この事件の捜査本部が下す専門的な判断にゆだねるほかは無いであろう。

 このブログはもともと、「裁判員になるための基礎訓練」として、一般市民である我々が、新聞やテレビ等の入手可能な資料を基に、どこまで犯罪の構造を究明できるかということを知るための試みであった。

 その試みとして立てた仮説がこんな所にまで来てしまったのは、実のところ、我ながら意外であった。いずれ発表されるであろう捜査本部の厳正な判断を見て、犯罪を解明することがどんなことかを学びたいと思う。

 なお、以上のような仮説を立てたついでに、ネット上で見た「元厚生次官ら連続殺傷事件についての憶測」と題された記事(平成20年11月21日)の一部を、ここに引用しておくことにしよう。
 (http://www.rondan.co.jp/html/mail/0811/081121-16.html)
 (http://www.asyura2.com/08/senkyo55/msg/1121.html)
 「被害者のうち官僚であった二人が事務次官をつとめていた期間と、小泉氏が厚生大臣であった時期が重なっている。
 また国会の会期延長に伴い、民主党の長妻議員がこの二人を証人喚問に呼ぶ可能性があったようである。
 これらから、事件の背景を洗い出すことができるのではないか」


 参考記事:MSN産経ニュース (http://sankei.jp.msn.com/)
 

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